【うつ × ポジティブ】うつ病になって良かった10のこと!

【うつ×ポジティブ】うつになって良かったこと メンタルケア
こんな人に読んでほしい
  • うつ病を患って以来、ネガティブな世界しかイメージできない
  • うつ病を少しでもポジティブなものとして考えたい

うつの経験とは、本当に辛く苦しいものです。

先が見通せず、生きているのに、死んだもの同然、そんな絶望的な日々の繰り返しでもあります。

でも、「うつになったら人生終わり」でしょうか?

僕はそうは思いません。

確かに辛い毎日ではあります。

完治という線引きもなく、長く付き合う必要もあります。

でも、そんな絶望に満ち溢れた日々だからこそ、得られるものもあります。

僕はドン底とも思えるあのしんどい日々がなければ、今の自分はいないと、本気で思っています。

難しいのは百も承知ですが、うつだって良いところを見つけて、前向きに、ポジティブに考え直すことだってできるはずです(そうじゃないとやっていけない、という思いもあります)。

「うつにだって良いとこあるじゃん」、そう思えるきっかけになるように、ここでは僕がうつになって良かったと思うことを、実感と共に共有します。

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抜けないトンネルはない

僕は幼少期からうつ傾向を抱え、そんな絶望的な日々を何十年も過ごしてきました。

社会人になってから、うつ症状は深刻化。5年の間に休職と復職を3度も繰り返しました。

「うつになって良かった」

うつがもたらす暗闇の真っ只中にいる時は、そんなこと微塵も思いませんでした。

「なんで自分がこんな目に遭うのか…」「なぜうつは僕のところにやってきたのか…」

毎日自分の心の中で考えました。

しかし、今思えば、そんな絶望的な訴え「なぜ私が?」「なぜ私に?」の中に、自分を見つめ直す自己分析の種が潜んでいたのだと思います。

うつを経験して、僕は今は前を向いて生きています。

うつ症状も全快したわけではありません。

時にはドン底に逆戻り…と感じるほどの大きな波に飲まれることもあります。

しかし、うつの波とうまく付き合いながら、日々を懸命に生きています。

抜けないトンネルはないのです。

信じて過ごせば、必ず良かったと思える日が来るはずです。

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うつになって良かったこと

ここでは、僕が鬱や適応障害といった精神疾患と診断され、その治療に取り組む過程を振り返り、結果的に良かった、と感じることを紹介していきます。

立ち止まるきっかけになった

幼少期から親から与えられたゴールだけを見て、そのゴールさえ達成すればそれ以外はどうでもいい、と本気で思って生きてきました。

常に無気力で、趣味を好きなことも見出せない。

自分の本心もわからず、感情的になることもほとんどありませんでした。

その場の損得関係だけで物事を判断し、友達も使い捨て状態でした。

当時はなんとも思いませんでしたが、今思えば、僕自身のことを可哀想な子だなぁと感じます。

ずっと生きづらかっただろうな、と感じます。

やがて、限界がきて、心身ともに悲鳴をあげました。

これがうつとの出会いでした。

正直、あのまま走り続けていたらどうなっていただろう、と不安になります。

うつよりも悲しい結論に至っていたかもしれません。

うつは、行き場のない僕の暴走を止めてくれたのだと思います。

僕に立ち止まるきっかけをくれたのです。

心が暴走したままだったら、きっともっと辛い状況になっていたでしょう。

うつは辛いですが、逆に生きるチャンスをくれたと思っています。

無理している自分に気付いた

僕は社会人3年目で最初にうつと診断されてから、それを受け入れて治療に専念するまでに、実に1年半もの時間を要しました。

うつで心身ともにガタガタなのに、その事実を全く受け入れられず、片手間で治療したフリをして、年休をフルに使いながら、働き続けました。

自分の中に作り上げた「独自ルール(こうしなきゃ!)」に固執して、立ち止まるとダメだと言い聞かせながら、とにかく走っていたのです。

そんな僕を見かねたうつは、僕に暗闇のドン底を見せました(辛すぎるので、詳細割愛させてください)。

ここでようやく、「今まで何してたんだろ、自分…」と思えたのです。

僕自身が作った僕の中のルールを犯さないために、必死に無理している僕の存在を、初めて客観的に捉えることができました。

うつは「無理して頑張ってたんだなぁ…」と自分に歩み寄るためのきっかけをくれたのです。

他人になろうとしている自分に気付いた

治療の過程で、認知行動療法(CBT)に取り組みました。

特に注力したのはコラム法です。

コラム法を続ける中で、僕がたどり着いた最大の歪みが、「父親のコピーになろうとしている」ということでした。

僕の全ての判断基準は「父親」でした。

一番ショッキングだったのは、「結婚する時期まで父と同じに設定していた」ことですね。

僕は「妻が好きだから結婚した」のではなく、「父と同じ時期に結婚するために、その時期に付き合っていた今の妻と結婚した」ということです。

これは夫婦間でもかなりの溝を生みました。

「お互い夫婦として必要としているのか」、その気持ちを確かめる作業が続きました。

時間はかかりましたが、幸いなことに、今の夫婦で良かったね、という結論に至りました。

うつが僕に認知の歪みを知るためのきっかけをくれたのです。

もし、これがなければ、僕は確実に妻を不幸にしていたことでしょう。

本当の自分のことが、わかり始めた

僕はうつ治療の中で、「夢日記」とも出会いました。

当時の僕は「自分の本心がわからない」ということに悩んでいました。

自分が直面するあらゆる出来事について、「それはストレスじゃない」と思い込むようになり、自分の感情もわからなくなっていました。

何をするにも、それは自分の本心か?それとも僕の歪んだ認知によるものか?と疑い続けていました。

しかし、夢日記のおかげで、僕は自分の本心を知ることができるようになりました。

うつが夢日記との出会いをくれなければ、僕は自分の本心を何も知らず、誰にも話せず、どれも実現できないまま、生涯を終えたと思います。

詳しく知りたい方は夢日記は気付きの宝庫をご覧ください。

家族のことも、次第にわかり始めた

不思議なもので、自分のことが分かり始めると、自分の関心は外に向いてきます。

自分の本心に自信が持てるようになった頃から、妻や子供たちのことを考える余裕が生まれ、何をどうしたいのか、みんなが望むことに想像力を使うことができるようになりました。

妻と出会って5年以上は経っていました。

ようやく、という感じです。

家族の思いを知ることは、今まで僕がいかに家族のことを考えてこなかったか、を知る作業そのものでした。

辛い気付きの連続でした。

しかし、うつがきっかけをくれなければ、僕は家族のことを何も知らないまま、日々を過ごしたことでしょう。

一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである。

という言葉がありますが、僕は間違いなく、誰にも何も与えることなく、死して何も残らない人生を送ったでしょう。

うつは荒療治でしたが、僕にとっては必要な存在だったと感じます。

休職と復帰を繰り返すことで、自他の理解は深まった

うつは身体的な疾患と違い、「完治」という考えが適用しにくい病気と言われます。

それは良い時と悪い時の波を経験しながら、長い目で見れば徐々に良くなっていく、という回復過程を経るためです。

僕も当然例外ではなく、何度も好不調の波を経験し、休職と復帰を3回ずつ経験してきました。

そして、その度に自分や家族と向き合い、改善策を模索してきました。

これは結果論でしかありませんが、何度も繰り返し自分や家族と対話したことで、その理解はより一層深まったと感じています。

手放す勇気を持てた

僕は昔から八方美人で、相手がどんな人であっても自分が嫌われることを恐れて生きてきました。

変化を好まず、とにかく自分が安心と思う方向になびいてきました。

反抗することもなく、自分の意見を述べることもなく、とにかく周囲が良いと思う方向に歩みを進めてきたのです。

しかし、うつは僕のもとに訪れて、僕はある選択を迫られました。

それは「このままでいいのか?」ということです。

うつは残酷なもので、急にその人の選択を、一ゼロの過激なものに変容させます。

一例ですが、僕の場合は

「このまま夫婦続けるの?離婚するの?」

「子供育てられるの?それともギブアップする?」

「会社にしがみつくの?それとも辞めるの?」

などなど、究極の選択に近しい問いをガンガンぶつけられました。

本当に辛い時間ですが、考えに考え抜き、この問いに自分なりの答えを一つずつ出していかないと、調子は上向いてきません。

僕はうつが与えてくれた多くの時間の中で、これらの問いを向き合いました。

そして「家族は守る。でも、会社は辞める」という結論を出しました(進行中です)。

慣れ親しんだものを手放すためには、ものすごく大きな力が必要になります。

特にうつを発症し、休職を経験すると、環境の変化がより一層怖くなります。

生きるために、会社にしがみつくことに必死になりがちです。

ましてや、僕の場合、良い会社に就職することだけを目標に生きてきました。

詳しく知りたい方は僕のプロフィールをご覧ください。

手に入れた会社人生を手放す、ということは、僕にとってはそれは大きな決断だったのです。

しかし、うつは、僕に考える時間ともに、手放す勇気を与えてくれました。

「時間はたっぷりある。焦るな。考えろ。考え抜け。そして自分で決めるんだ。どんな結論でも、自分で決めたのなら、それが答えだ。」

今ではうつにそう言われた気がしています。

うつは必要な人のところにやってくる、そんな風にさえ感じています。

不安な気持ちを汲み取れるようになった

自分の気持ちがわかるようになってくると、驚くほど人の気持ちがわかるようになってきます。

特にその人の不安や心細さといった、いわゆる繊細でネガティブな感情を、より敏感に感じ取れるようになりました。

ひとえに、自分が一通り経験し切ったからなのでしょう。

自分と同じようにうつを経験した人たちの気持ちは強く感じ取れます。

日々の生活で不安を抱える子供たちの気持ちもよく分かります。

新たな環境に飛び込んできた新入社員の気持ちだってピンときます。

辛い経験をすると、辛い状況にいる人の立場や気持ちがわかるようになります。

これは、うつが与えてくれた喜ぶべき贈り物だと思います。

誰かの役に立ちたいと思えるようになった

辛い状況にいる人の立場や気持ちが感じ取れるようになると、自然と役に立ちたいという気持ちが芽生えました。

僕自身、まだうつの波と戦い続けているのに、です。

自分のことで精一杯なのに、誰かのために自分の時間を使いたい。

信じがたいかもしれませんが、本当の気持ちです。

今までは自分さえ良ければそれで良かったんです。

小さい頃から、自分の中に作り上げたルールにさえ逸脱していなければ、それ以外のことはどうでもいい、そう思って生きてきたんです。

なのに、うつを経験して、必死に生き抜いてきたら、気付けば誰かの役に立ちたいと感じていました。

このブログも、誰かの役に立ちたいという思いの一つの形です。

一度死んだ、と思えたから怖いものが減った

嫌われることが怖くて、知らないものが怖くて、周りの目線が怖くて、毎日毎日何かに怯えながら生きてきました。

うつになった時も恐怖に支配されていましたし、治療の過程でもなかなか全ての恐怖を克服することはできませんでした。

いまだに不安や恐怖で心の中がいっぱいになることもあります。

しかし、うつを経験したことで、一つだけ自信を持って言えるようになったことがあります。

それは「うつで経験したドン底」よりも怖いものはない、ということです。

確かにあのドン底にまた陥ってしまうことは、何よりも怖いです。

しかし、あそこに戻るぐらいなら、と思えば、結構踏ん張りが効くものです。

死んだも同然な真っ暗闇の中を歩いてきたからこそ、現実世界で恐れるものを減らすことができました。

うつは自然が生み出した、超荒手のショック療法なのかもしれませんね。

うつになるって、そんなに悪いことか?

いかがでしたでしょうか。

うつをポジティブに捉え直す試みとして、うつになって良かったことを10個ばかり挙げてみました。

おそらく、本記事をご覧の方々は、現在進行形でうつと闘っておられる方々が多いでしょう。

中にはきっと、「今、調子が良いから、うつで良かったなんて言えるんでしょ」と感じている方もいると思います。

人は、調子の良い時にはとことん前向きですが、悪い時はとことんネガティブになります。

僕が本記事を伝えたかったことは、うつだって希望がある、ということ。

そして、結果的にだとしても、うつで良かったと思えることがある、ということです。

僕は、うつ経験者に特有の絶望的な訴え「なぜ私が?」「なぜ私に?」の中に、自分を見つめ直す自己分析の種が潜んでいる、と考えています。

今は辛くて仕方ないでしょうが、うつが与えてくれた時間の中で考え抜き、自分で決めたその道の先に、きっとポジティブな世界が広がっていると信じています。

「うつになるって、そんなに悪いことか?」

あなたにもそう感じられる日が来ることを信じています。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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