【体験談】超ヘビースモーカーの僕が、うつのおかげで禁煙した話

うつで禁煙した話 メンタルケア

禁煙して2年が経とうとしています。

タバコは「百害あって一利なし」と言われますが、正直僕はそう思いません。

良いこともありました。

でも、タバコをやめたメリットはそれよりも圧倒的に多かったのは事実です。

超ヘビースモーカーだった僕が禁煙した話。

ちょっとお付き合いください。

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僕のスモーカーライフ

僕がタバコを吸い始めたのは、ちょうど20歳の頃。

日付が変わり、20歳になると同時に意気揚々と夜中のコンビニに出かけたのを、今でも鮮明に覚えています。

お気に入りのタバコはキャスター5。メンソールも嗜みたくて、マルメンやDUOを併用していたこともありました。

それからはなかなかのヘビースモーカーの毎日を送りました。

平時2箱は当たり前、お酒の席があれば軽く3箱以上は吸っていました。

人見知りで大人数で話すのが苦手な僕は、喫煙所のこじんまりとした空間が大好きでした。

タバコという共通点もあってか、喫煙所では緊張することなく、楽に話をすることができました。

大学時代は喫煙所に住んでいたと言っても過言ではありません。

仲の良い友人とは、みんなタバコでつながり、コミュニケーションを取っていました。

 

社会人になっても、仕事の合間を見つけてはタバコを吸っていました。

早めに出社するのは仕事をするためではありません。

朝の一服タイムを、ゆっくり味わうためでした。

職場でもタバコのおかげで自分の顔を売っていくことができました。

タバコ人脈で救われた回数は一度や二度ではありません。

時代の流れに乗って、職場に禁煙の波が来ても、電子タバコで凌いでいました。

もちろん愛用はチェーンスモークできるglo(グロー)でした。

 

妻の母親とも、タバコを通じて仲良くなりました。

なかなか義理の母と二人きりで話すことはありませんが、僕にはタバコの時間でコミュニケーションを取ることができました。

 

義母のおかげさまもあって、妻はタバコに理解のある人でした。

タバコを止めると宣言してやめなかったときは有言不実行と叱られましたが、そのとき以外は僕のタバコライフを温かく見守ってくれました。

 

僕が26歳のとき、第一子が産まれました。

タバコを吸い始めたときから、止めるタイミングは子供が産まれたときなんだろうなぁ…と漠然と考えていました。

しかし、いざそのときになると不思議なもので、止める気はさらさらありませんでした。

止める勇気も覚悟もありませんでした。

タバコを吸っていない自分をイメージすることもできませんでした。

妻には「子どもの前では吸わない」という約束をし、そのままスモーカーライフを継続しました。

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僕が禁煙した時の話

第二子が産まれても、タバコを止める気にはなれませんでした。

むしろそのときは1度休職した焦りから、仕事の遅れを取り戻そうと躍起になっていた時期であり、なんとかタバコで精神を保っている状態でした。

とてもとても、手放せる状況ではありませんでした。

タバコは僕にとって、嗜好品を超えた生活必需品として、完全に生活の一部となっていました。

 

それからタバコに頼って約1年ほど経ったあるとき、うつを再発しました。

うつの兆候を3ヶ月間も見逃し続けた結果、突然のスイッチダウンでした。

休職してからも、タバコだけはずっと吸い続けていました。

それも空気のように、昼夜問わず吸っていました。

激しい罪悪感に苛まれ、タバコを吸う時間は自問自答を繰り返し、ひたすら自分を責め続ける時間でした。

タバコを吸う以外に何もできない日々が4ヶ月ほど続きました。

そして、突如としてそのときは訪れます。

タバコをやめました。

強い決意を持ってチャレンジングに禁煙したわけではありません。

あのタバコですら、「吸えなくなった」のです。

働くこともできず、社会から取り残されたダメサラリーマンとしての存在。

家事も育児もせずに、家で過ごすダサい父親としての存在。

貯金を切り崩す生活の中、空気のようにタバコを吸い、家計を圧迫していくお荷物な夫としての存在。

自分を自分で責め続け、罪悪感に押しつぶされた瞬間でした。

日常生活ですらろくにこなせず、行動を起こせないから、生きている実感も感じられない。

まさに「死んだも同然」の日々でした。

タバコを吸うことができないまま、3日が経過します。

日中に妻は子どもたちを連れて外出するので、一人の時間はたくさんありました。

吸うチャンスはたくさんありました。

でも、買いに行くのもめんどくさければ、glo本体を充電するのもめんどくさい。

当然吸殻の処理なんてやりたくもない。

結局寝るか、ボーッとするかしかできませんでした。

 

何もできないまま、気付けば1ヶ月が経過していました。

何気ない会話から、妻にタバコを久しく吸っていないことを打ち明けました。

なんと言われたかは定かではありませんが、妻は褒めてくれました。

そして喜んでくれました。

まさに、何もできない自分」が「禁煙できた自分」に変換された瞬間でした。

うつから復調していくプロセスは、心身の体調の良し悪しの波の中で、「できること」を増やしていくことの積み重ねに他なりません。

その最初のきっかけを、妻が与えてくれました。

「このままタバコを止めることができるかもしれない」

メリットとかデメリットとか、そんな理屈ではなく、ただ「できた実績」が欲しくて、すぐにgloの本体と充電器、そして手元に残っていた全てのタバコを処分しました。

そこからはタバコを吸わない日が続いていくたびに、日に日にうつの症状も改善していきました。

タバコの毒素が抜けてきた、ということもあるのでしょうが、「吸わないでいられた」という事実が、自分の存在を肯定的に思わせてくれたのが大きかったと思います。

吸わない日を続けていけばその分だけ、できることが増えていく感覚でした。

そしてそのまま3ヶ月、半年と時間を重ね、2度目の復職を果たします。

復職してからもタバコは吸いませんでした。

タバコすら吸えなくなっておよそ2年、今でも禁煙は続いています。

あれだけ逃げるようにタバコに依存し、どっぷりと寄りかかっていたからこそ、それを手放し、誘惑に打ち勝ち続けていることは、今でも僕の輝かしい成功体験になっています。

うつで苦しむ人には覚えておいて欲しいです。

「できないこと」「しないこと」が「できたこと」「すること」になりうるのです。

「タバコすら吸えないこと」は「禁煙できたこと」になります。

「死なないこと」は「生きたこと」になります。

禁煙して良かったこと【実感】

禁煙して約2年、吸わない日々を続ければ続けるほど、心身ともに良い傾向が見られるようになりました。

最後になりますが、禁煙して心底良かったと思える点を、僕の実感に基づいてご紹介します。

それは「生活の自由度が圧倒的に増えた」ことです。

よく言われるメリットですが、禁煙すれば自分自身で使える時間やお金が増え、喫煙所を探すなどの手間をなくなります。

喫煙可否を気にしなくていいので、行く場所への制約もありません。

自分の臭いを気にせず、気楽に電車の座席に座れます。

満員電車に乗り込めます。職場で陰口を言われることもありません。

寝る前に火の始末も気にする必要もありません。

僕はタバコを吸いながらも、ずっと周囲からの目線を気にしながら過ごしてきました。

サボっていると思われないか、臭がられていないか、お金の浪費を妻はどう思っているのか、などなど。

でも、禁煙したことでその一切から解放されました。

タバコを吸うことに伴う心配事や不安感、罪悪感や劣等感といったネガティブな要素が激減し、精神的にものすごく楽になりました。

ちなみに僕はタバコが好きです。

ゆったりと煙を燻らせるあの時間は落ち着きましたし、逃げ道としてのタバコもコミュニケーションツールとしてのタバコも、僕にとっては必要なものでした。

皆さんも自分の心身の状況に応じて、タバコとの付き合い方を考えてみてください。

本記事がヒントとなれば幸いです。

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