【うつと向き合う】うつで休職を3回経験した僕を変えた言葉たち

【うつと向き合う】休職3回の僕を変えた言葉たち メンタルケア
こんな思いで苦しむあなたへ
  • 何もしたくないし、何もできない
  • いろいろ考えすぎて、全く休まらない
  • ”誰か”に助けてほしい
  • 人生が劇的に変わるような”何か”を期待してしまう

この記事では、そんな思いに寄り添います。

僕にも同じ経験があります。

それも一度ではありません、何度もです。

うつであるという事実は、なかなか受け入れがたいものです。

向き合う気持ちを持つだけでも大変なことなのです。

そこで今回は、

記事の内容

休職3回を経験した僕が、本気でうつと向き合い、克服していく原動力となった言葉たち

について、紹介していきます。

微力ながら、何か力になれると嬉しいです。

一緒に日々を生き抜きましょう。

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「うつと向き合う」ということ

まず最初にお断りしておきますが、これを読んでも、何かが劇的に変わる、ということはありません。

また、すぐにうつ状態を脱して、また社会と関わり、会社に行けるようになる、ということも残念ながらありません。

それはなぜか。

うつと向き合うということに関して、他人がしてあげられることはとても限られているのです。

話相手になったり、生活をサポートしたりすることはできますが、あなたを変えることはできないのです。

「うつと向き合う」ということは、「あなた自身が、自分がうつであると事実を受け入れ、その上で、自分の心の叫びと向き合っていく」ということです。

あなたが変わろうと思うことが、うつ克服のスタートなのです。

おそらく、本記事を読まれている方の多くは「それはわかってるんだけど、向き合うのが怖くて逃げ出したい…」という状態なのではないでしょうか。

僕もそうでした。

うつは幼少期からと言われていますので、かれこれ20年以上は見て見ぬふりをしてきたことになります。

本記事にある言葉の数々は、僕が「うつと向き合う」という苦行に立ち向かうにあたって、力をもらえた言葉たちです。

きっと、うつと向き合おうとするあなたのことも、支えてくれるはずです。

※一度に全ては書ききれないので、適宜追加していく予定です(順番に意味はありません)。

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うつで休職を3回経験した僕を「変えた言葉たち」

しつけのつもりが虐待になってないか?

僕が最初にめまいと発熱で体調を崩したのが、26歳の秋頃です。

1週間会社を休んでいる間に長男の妊娠が分かり、翌年に誕生しました。

立派な父親にならなければいけない、そう思い込んで、自分のキャパシティも無視して、仕事も家事育児も全力投球でした。

そんなある時、僕はこの言葉に出会います。

「しつけのつもりが虐待になってないか?」

ハッとしました。同時に、泣き喚く息子の顔が、パッと思い出されました。

当時の僕は、喜怒哀楽全てにおいて感情がなく、楽しいことも嬉しいことも、寂しいことも悲しいことも、認識できていませんでした。

嫌だと思うことも、怒りの感情でさえも自覚できていませんでした。

でも行動は違ったようです。

妻からの指摘ですが、常にイライラして、ものに当たったり、大きい声を出したりしていたようです。

僕は僕なりに家族のために、と思っていましたが、独りよがりの思い込みのせいで息子を泣かせてしまっていました。

僕の一挙手一投足に、家族みんなが怯えていました。

手は出していませんが、それは虐待に近い言動だったと思います。

反省しました。そして、自分を責めました。

この出来事があってから、自分の異変を受け入れて、自分と向き合うことを始めました。

投薬療法や認知行動療法など、いわゆる治療も真剣に取り組みました。

子育て本も読み漁り、子どもたちとの接し方も少しずつ勉強していきました。

あのまま変わらなければ、と思うと本当にゾッとします。

皆さんも自分の言動を強制的にでも省みる機会は作った方がいいです。

診察でもカウンセリングでもリワークでも。

人と会わないなら日記でも。ブログやSNSもとても有効な手段です。

自分で気付くことが、変わるためには必要です。

あなたは何も悪くない

うつで2回目の休職中に出会った言葉。30歳の秋頃でした。

周りの同期がどんどん会社で活躍していく中で、20代をうつで丸々棒に振ったような強烈な自己嫌悪に苦しんでいました。

「誰か助けてくれ」そんな思いで、うつや心理学系の本を読み漁りました。

中身は全然入ってきませんでしたが、50冊ほど読んだある時、全ての本に共通するメッセージに気付きました。

「あなたは何も悪くない」

すぐに受け入れることはできませんでしたが、強烈な自己嫌悪が少し楽になったことを今でも鮮明に覚えています。

あなたは何も悪くありません。

だから、あなたも今できることを少しずつ続けてみてください。

きっと少しずつできることが広がって行きます。

不思議なもので、できることが増えると、生きている実感が持てるようになります。

その人の大切なものを、大切に扱おう

僕には歳の離れた兄がいて、兄もメンタル系の病気でとても苦労していました。

家ではものに当たり散らし、怒鳴り散らしていました。

幼稚園生だった僕は、知らず知らずのうちに顔色をうかがいながら生きることを覚えました。

そしてあまり自分の主張を出さなくなりました。

中学から大学にかけて、何度か自分の興味関心ややってみたいことを母親に打ち明けたことがあります。

自分の中では心から感動して誰かに見せたいと思えるような、自分の大切なものでした。

…でも、全て否定されました。

それから完全に自己表現することをやめました。

それから結婚して父親になり、自分の子どもと接するようになりました。

そんなある時、僕はこの言葉と出会います。

「その人の大切なものを、大切に扱おう」

子どもは自分の大切なものを、惜しげもなく見せてくれます。

強い主張で、堂々と、自信たっぷりに、そして真っ直ぐに見せてくれます。

そんな子どもが大切にしているものを、否定せずに受け止めてあげましょう、ということです。

大切なものを勇気を出して目の前に出した時、批判や非難をされれば大切なものが見つけられなくなります。

仮に見つけられても、他の人の目の前に出せなくなります。

人を傷つけるということはそういうことです。

「あ、自分の大切なものを、自分で大切にしてこなかったな」

この言葉のおかげで、僕は自分が傷ついていたんだと気が付きました。

自分の大切なものを自分の中で大切に扱えるようになりました。

そして今、大切なものを多くの人の目の前に出してみようと、このブログを書いています。

<以下、エピソード追加中>

”励まし”は会話を打ち切るための最良の手段

あなたが信じるものを誰かに決めさせてはいけない

一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである

揺るぎない志を胸に、ありのままに、自分らしく、小さくても一歩前へ

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